化学療法(抗がん薬治療)
化学療法(抗がん薬治療)の適応
がん細胞に直接作用し、死滅させる治療法が化学療法(抗がん薬治療)です。
いろいろながんの中でも、乳がんは化学療法が効きやすいがんとされ、手術後、再発の危険性が高いと考えられる場合に、再発を予防するために行われます。また、再発後に化学療法が行われる場合があります。
現在、化学療法を行うかどうかは、乳がんの性格を示すサブタイプを考慮したうえで、個別に判断されます。
サブタイプの中で化学療法が積極的に考慮されるのは、ルミナールB型、HER2(ハーツ―)型、トリプルネガティブ型です。また、ホルモン療法の効果が期待できるルミナールA型でも、
- ・リンパ節への転移個数が多い
- ・しこりが大きい
- ・ホルモン受容体の陽性の割合が低い
- ・リンパ管や静脈などに入り込んでいるがん細胞が多く見つかった
など、再発リスクが高いと考えられる場合は、化学療法が検討されます。
ただ、化学療法には副作用や合併症のリスクもありますから、期待できる効果とリスクなども照らし合わせて、化学療法を行うかどうかを検討します。
近年は、遺伝子検査で術後化学療法の効果予測をしたうえで、術後化学療法を行うかどうかや、薬剤の選択などを検討するようになりました。
出典:「乳腺専門医がわかりやすく解説 乳癌の本」高橋かおる(アストラハウス)
化学療法(抗がん薬治療)決定のための遺伝子検査
切除したがん細胞の遺伝子を詳しく調べ、化学療法が必要かどうかを決定するのに役立てる検査です。
現在、日本で受けられるのは、オンコタイプDXやマンマプリントの2種類です。どちらも保険適用外で、オンコタイプDXは約45万円、マンマプリントは約30万円かかります。
オンコタイプDX(Oncotype DX)
対象者
ホルモン受容体陽性(ルミナールA、ルミナールB)でHER2(ハーツ―)陰性
閉経前→リンパ節転移がない
閉経後→リンパ節転移がないか、転移が1~3個
乳がん組織の21種類の遺伝子を調べ、発現状況や活性の度合いを解析し、その結果から手術後の再発リスクや、化学療法(抗がん薬治療)の効果を予測します。手術で摘出したがん組織を使って行われるので、新たに血液や組織を採取する必要はありません。結果は3~4週間で出ます。再発リスクは「低リスク」「中間リスク」「高リスク」の3つに分類されます。
マンマプリント(Mamma Print)
対象者
ステージI とステージII、しこりの大きさが5cm 以内
リンパ節転移の有無、エストロゲン受容体の陰性・陽性は問いません
70種類の遺伝子を解析して、再発リスクを調べます。
手術後すぐの新しいがん組織で検査するので、手術を受ける前に遺伝子検査の検討を行う必要があります。
結果は「低リスク」と「高リスク」の2種類に分類され、3週間で出ます。
化学療法(抗がん薬治療)の方法
一般的に、手術前後に化学療法(抗がん薬治療)を行う場合は、一定期間、1~3週間ごとに2~3種類の薬を組み合わせて使う
「多剤併用療法」が行われます。
多剤併用療法には、作用の違う薬を一緒に使うことで、効果を高め、正常な細胞への影響をできるだけ減らすという狙いがあります。抗がん薬の多くは点滴用で、通院で治療します。
抗がん薬は、投与量を多くすれば、それだけがんを死滅させる効果が上がりますが、副作用も強くなります。そのため、副作用が耐えられる範囲で、治療の効果を最大限に上げるように投与量の基準が決められています。この基準に基づき、体重と身長から算出した体表面積によって、抗がん薬の投与量が決められます。
どの抗がん薬を使用するか、また、一緒に使う抗がん薬の組み合わせ方によって、副作用がいつ頃出るかはだいたいわかっています。ただ、同じ処方でも、体格や抗がん薬への感受性によって、作用の出方には個人差があるので、強い副作用が出た場合には、途中で薬の量を減らしたり、一時的に投与間隔を調整したりすることもあります。
点滴による化学療法を続けると、人によっては血管が細くて点滴が入りにくかったり、刺激の強い薬剤で血管が痛んだり、炎症を起こしたりすることがあります。点滴がつらいと感じる方には、100円玉程度の大きさの皮下埋め込み型のポートを使うことで、痛みを我慢せずに治療を続けるという選択肢があります。
乳がん治療に使用される主な抗がん薬
分類 | 一般名 | 投与方法 | 作用 | ||
---|---|---|---|---|---|
アンスラサイクリン系 | ドキソルビシン | 点滴 | がん細胞のDNAを直接攻撃 | ||
エピルビシン | |||||
タキサン系 | パクリタキセル | 点滴 | がん細胞が分裂する過程を阻害 | ||
ドセタキセル | |||||
アルキル化薬 | シクロホスファミド | 内服、点滴 | DNAに直接作用して増殖を抑制 | ||
5-FU系 | フルオロウラシル | 点滴 | DNAの合成を阻害しがんを抑制 | ||
カペシタビン | 内服 | ||||
チューブリン重合阻害薬 | エリブリン | 点滴 | がんが細胞分裂するときの微小管重合を阻害 | ||
プラチナ系 | シスプラチン | 点滴 | がんのDNA複製を阻害して細胞死に導く | ||
カルボプラチン |
「国立がん研究センターの乳がんの本」(小学館)より作成
抗がん薬の投与法
抗がん薬の投与は、多くは1週間か3週間に1回を1サイクルとして、外来通院治療で行われます。
手術前後の化学療法では、3~6サイクル行います。抗がん薬投与の前に、吐き気止めの点滴が投与されてから、2~3種類の抗がん薬が投与され、最後に生理食塩液が点滴されます。投与時間は、抗がん薬の種類によって、5分程度から3時間近くかかるものもあります。
体調や白血球数を確認してから、薬剤を溶解し、投与後も血圧や体調をみて終了するので、時間にはゆとりが必要です。
術前化学療法(抗がん薬治療)の効果
進行がんで手術が難しいと判断された場合でも、術前化学療法を行うことで手術が可能になることがあります。温存に向かないと判断された場合でも、術前化学療法を行うことで腫瘍が縮小し、温存可能になることもあります。サブタイプで必ず化学療法を行うと想定される場合は、術前に行うことで、その治療効果を知ることができます。
術前化学療法を行うと、70~90%の割合でしこりが小さくなります。中にはMRIなどの画像検査でしこりが完全に消える場合もありますが、見えないがん細胞が残っている可能性があるので、その場合も手術は行うのが基本です。
抗がん薬の使い方は術後と同じで、何種類かの抗がん薬を組み合わせ、3~4週間ごとに3~6サイクル行われます。治療効果は、超音波検査、CT、MRIなどで判定します。効果がない、あるいは病変が大きくなるような場合は、途中で薬を変えたり、手術を早めることが検討されます。手術後には治療効果を判定して、今後の治療方針を決めていきます。
抗がん薬の副作用
抗がん薬は正常な細胞にも一時的にダメージを与えます。とくに分裂のスピードが速い細胞は影響を受けやすく、血液の細胞をつくる骨髄や、粘膜の細胞、毛根の細胞などが影響を受け、白血球の減少や吐き気、脱毛などが起こります。他にも、口内炎、爪の異常、手足のしびれや痛み、動悸(どうき)、むくみ、卵巣機能の低下や肝臓機能の低下など、さまざまな副作用が現れます。
薬やその組み合わせによって、どういった副作用が、いつ頃出るかは、ある程度わかっていますが、副作用の出方には個人差があります。
また、副作用の強さと抗がん薬の効果は比例しません。副作用が強いときは、薬の量を減らしたり、一時的に投与間隔を調整することもできます。我慢せず、医師に相談しましょう。
抗がん薬の副作用
消化管粘膜への影響 | 吐き気・嘔吐、下痢 |
---|---|
骨髄への影響 | 白血球の減少、貧血、出血など |
毛髪を作る細胞への影響 | 脱毛 |
関節や骨、筋肉への影響 | 骨密度の低下、関節のこわばりなど |
心臓への影響 | 動悸(どうき)、息苦しさなど |
神経への影響 | 手足のしびれ、感覚が鈍くなるなど |
その他の症状 | 関節や筋肉の痛み、むくみ、アレルギー、口内炎、便秘、爪の変化、味覚の異常、皮膚の痛み・乾燥・くすみなど |
出典:「ピンクリボンと乳がん まなびBOOK」改訂版より一部改変
主な副作用と対処法
吐き気
予防的に飲む吐き気止めや投与後に飲むステロイド剤などの吐き気対策が発達しています。
以前のように嘔吐で苦しむことはほとんどありませんが、点滴後しばらくはムカムカすることもあります。
当日夜または翌日から症状が出て、数日から長くても1週間ほどで収まるので、3週間ごとの投与であれば、残りの2週間はほぼ通常の食事がとれます。まれに、治療を思い出すことで、吐き気を感じる場合もあります。
〈対処法〉
●吐き気がある間は無理をせず食べられる範囲で口に合うものを食べ、水分を十分にとっておく。→化学療法治療中・治療後の食事
●水分もとれない場合や、処方された吐き気止めの効果がない場合は、医師に相談を。
脱毛
アンスラサイクリン系、タキサン系の抗がん薬で起こりやすく、治療をスタートしてから2~3週間で頭髪が抜け始め、体毛や眉毛、まつ毛なども抜けることがあります。抗がん薬の投与が終われば、頭髪が再び生えてきて、伸び始めます。
ウイッグを使う期間は、1~1年6か月程度の人が多いようです。
〈対処法〉
●帽子やウイッグをあらかじめ用意しておく。
●治療前に髪を短くしておくと、抜けた髪が処理しやすく、精神的なショックも軽減。
●脱毛中は刺激の少ないせっけんシャンプーを使いましょう。
●眉毛やまつ毛も抜けることがあるので、眉メイクやアイメイクで工夫を。
白血球の減少・貧血・出血
抗がん薬の影響で血液細胞を作る骨髄の機能が一時的に低下するため、治療開始後5~7日目くらいから白血球が減少し、最も少なくなるのが2週間目くらいで、3週間目には回復します。白血球の値が低くなっているときは、感染症にかかりやすいので注意が必要です。
また、2~3か月後には、赤血球のヘモグロビンが少なくなることから貧血を起こすこともあります。
〈対処法〉
●マスク、手洗い、うがいをこまめにし、体を清潔に保つ。
●白血球の検査を受け、最も減少している時期は人混みをできるだけ避ける。
●38℃以上の熱が出たり、貧血の症状や出血が続いたりするときは病院へ。
手足症候群
初期症状では、手のひらや足の裏に、しびれや、チクチク・ピリピリした痛みを感じたり、赤みやむくみが出てきます。
痛みはなくても、皮膚が硬く、厚くなって、ガサガサすることもあります。手足症候群は症状が軽い初期段階のうちに対処すれば良くなる副作用ですが、ひどくなると、歩行や水仕事などの日常生活に支障が出ることもあります。
〈対処法〉
●手足の清潔を心がけ、市販の保湿剤入りのハンドクリームなどでこまめに保湿する。
●手のひらや足裏への物理的な刺激や、熱、洗剤などによる刺激を避ける。
●運動や歩行、立ち時間を短くして、こまめに休憩を。
●キーボード操作や液晶画面の操作など、手指に圧力をかける作業はできるだけ控える。
●初期症状に気づいたら、必ず主治医に相談しましょう。
化学療法治療中・治療後の食事
化学療法の治療中や治療後には、吐き気・嘔吐、便秘、下痢、食欲不振、味覚異常などが起こることもあります。どれも一時的なことなので、症状が強いときは無理をして食べる必要はありませんが、体力の回復や免疫力を上げるためにも、工夫しておいしく食べられるようにしましょう。
食欲がないとき
- アイスキャンディーや氷などで口をうるおすと食欲が出てくることも
- 起床直後にオレンジジュースやヨーグルトなどの酸味で唾液や胃液の分泌を促す
- 気分のよいときに、食べられるものを一口でも食べる
- のどごしがよくタンパク質が豊富なものを食べる(プリン、豆腐、茶わん蒸しなど)
- 少量でもエネルギー量の高いおもちやおはぎを主食に
- 手軽にたくさんの種類の食品がとれるスープや汁物を
吐き気・嘔吐があるとき
- できるだけ消化のよい食品を治療の前に食べる
- 食事の前にレモン水や番茶でうがいをし、吐き気を減らし、味覚を改善
- 水分をこまめに補給
- 少しずつ数回に分けて食べる
- においが刺激になるので、料理を室温に冷まして食べる
〇刺激の少ない消化のよいもの(おかゆ、うどん、もち、パン、半熟卵、プリン、ヨーグルトなど)
〇電解質を多く含むもの(イオン飲料、生の果物、野菜、スープ、青汁など)
〇あっさりした冷たいもの(スイカ、みかん、トマト、アイスクリーム、酢の物、和え物、梅干しなど)
味覚障害があるとき
- 塩分に鈍感になっているときは、だしのうまみ、酸味、スパイスで味にメリハリをつけましょう
- 甘みを強く感じるときは、砂糖、みりんを控え、酸味をプラスしましょう
- 塩、しょうゆが苦く感じるときは、塩味は控え、酸味や香辛料でメリハリをつけましょう
- 食べ物すべてに苦みを感じるときは、だしをきかせた汁物や麺類にしましょう
口やのどに炎症があるとき
〇こまめに水分を補給
〇口内を清潔に保つことで悪化を防止
〇やわらかく煮た野菜、白和え、あんかけなど、なめらかな口当たりのもの
×硬いもの。ゴマやフライの衣、種など硬く細かい食品にも注意
×熱いもの、辛いもの、塩辛いもの、すっぱいもの、酸味の強い果物
×甘い飲み物、アルコール
便秘があるとき
〇食物繊維が豊富な食品
〇十分な水分補給
〇乳酸菌飲料、ヨーグルト、ぬか漬けなどの発酵食品
×腸内環境を悪化させる高脂肪食品(適度な油脂は必要)
下痢があるとき
〇スポーツドリンクを常温で少量ずつこまめに飲む
〇低脂肪高タンパク質な食品を(卵、豆腐、鶏肉、はんぺん、白身魚など)
〇カリウムの多い食品(バナナ、メロン、スイカ、りんご、山芋、ホウレンソウ、カボチャなど)
×繊維が多く硬いもの(ごぼう、レンコン)
×脂っぽいもの(揚げ物、ウナギなど)
×腸内で発酵しやすいもの(豆類、キャベツ、サツマイモ、栗)
×刺激物(香辛料、アルコール、炭酸飲料、カフェイン飲料)
倦怠感や体調の変化により自分や家族の食事をつくるのがつらいとき
- お弁当やお惣菜の宅配サービスを利用する
- 食材の宅配サービスを利用する
- デリバリーサービスを利用する
参考文献:「ピンクリボンと乳がん まなびBOOK改訂版」、「乳がん 自分に合った治療をえらぶために」(山内英子/主婦の友社)、「抗がん剤・放射線治療と食事のくふう」(香川芳子/女子栄養大学出版部)、「抗がん剤・放射線治療を乗り切り、元気いっぱいにする食事.」(久次米義敬/主婦の友インフォス情報社)
監修:土井 卓子(医療法人湘和会 湘南記念病院 乳がんセンター長)